所長ブログ

2013年8月15日 木曜日

映画「少年H」

先日,映画「少年H」を見て来ました。



この戦争は何やったんや,この戦争はほんまに何やったんや・・・



みんな戦争て何か知らないでやってたんや・・・



この映画では,主人公の少年は素直で正直な存在として描かれています。

少年は正直なので、神戸の町に焼夷弾が空から降り注ぐ様の美しさ、雄大さに見とれて,我を忘れて立ちすくんでしまったのでした。私にはそのように見えました。



確かに,映画の映像の観点からは,焼夷弾が空から降ってくる様子,隣接した木造建築が軒並み同時に燃え続ける様子,その後の焼け野原と焼死体の様子など,リアルな映像でした。




少年とその家族は,当時の社会状況のもと,社会的マイノリティに親近感を感じられる立ち位置にいました。

家族みんなクリスチャンで、父親は外国人との付き合いがあり、家族みなその他のマイノリティと付き合いがありました。

そして,そのような、マイノリティに対するいわれなき差別や迫害を目の当たりにしながら,また少年や父親ら家族も差別や迫害を受けながら,心の自由を失わず,したたかに守り貫いて,この戦争を生き抜いたのです。

少年や彼の家族が,心の自由,あるいは理性を失わず戦争を生き抜いたという点が非常に普遍的で倫理的であると感じられます。



そのような少年の身の回りで起きた出来事を淡々と描いたという意味で,リアルな映画ですが,

当時起きていた事実(真実)を描くのに,少年(すなわち作者)の感性によりデフォルメされているのです。

それがかえって,細かすぎず,感情移入しやすく,親しみやすいものと感じられます。



あたかも,作者という記録媒体を通して戦争体験を知る特殊な機会だったといえるのではないでしょうか。
まるで,作者はある意味、人間グーグルグラスです。



一般に戦争に関する映画や小説は,何らかの形で圧政に対して市民の自由を守るという観点をもって描かれます。

あるいは多数派の横暴に対する少数者の人権保障という観点で、またあるいは戦争の非倫理性という観点で描かれています。


この映画は,戦争であれアメリカであれ将校であれ,級友であれ食糧難であれ就職難であれ、何であれ,少年の心や自立心や理性などを虐げるものとして,少年の目を通してリアルに描かれています。


理不尽な暴力,理不尽な死が蔓延し,運がよければ生き延びることができるという時代だったように描かれているように思われます。

それを素直で正直な少年の、その率直な言動を通じ、少年自身生きるため,いかに奮闘したか、また彼を取り巻く家族や友人たちが、いかに生きたか、いかに死んだか、ただリアルに描くことに主眼がおかれているように感じました。



全体としては反戦映画といえるのでしょうけれど,戦争が憎いとかアメリカが憎いとか将校が憎いとか食糧難が憎いとか,そんなことでは到底言い尽くせない、非線形で非対称の構図・・・そんな印象です。



少年の家族が戦後,コメを手に入れて生き延びていくことに関し,映画ではある出来事が起こりますが,身近な所で,戦争が終わって生き延びた人たちについて,だれしもコメをそんなに容易に手に入れられるものではないという意見もありました。少年の家族はよほど恵まれていたのでしょう。



この映画の対象年齢としては,戦争の分かる世代だけではなく,時代背景や日本史世界史の知識をそれほど持たなくてもわかりやすく,むしろ小中学生に見てほしいと思います。



終戦記念番組の定番になるといいのではないかと思います。





投稿者 アスター法律事務所