所長ブログ

2013年4月17日 水曜日

以前見た映画レ・ミゼラブル⑨

有楽町で法律事務所をしている弁護士の佐々木です。今回も法律相談とは関係ないプライベートの出来事について述べていきます。引き続き映画レ・ミゼラブルについてです。



ジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)は印象深い引き際を見せています。おそらく,ですが,文豪ヴィクトル・ユゴーが理想の引き際と考えているところの引退を,ジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)がしています。



このような引き際が他人のためであることは明白ですが,これがジャン本人の一番納得できる引き際であり,ジャン本人のためでもあるのです。そのように感じます。ジャンが自分のためだと思えるほどジャンは倫理観が高くて,それを生き方に反映させることができるのです。でも,別の中間的な生き方でも良かったのではないかと思います。



利他行動を取ることは人間だけでなく,動物や昆虫にも見られますが,利他行動を取る取らないは遺伝子によってプログラムされていることであるということはすでによく知られていることです。人間の生物学的な進化と文化的な進化が協調して,自分の血を分けた家族でなくても利他行動を取るようになったのではないかと説明する学者がいます。



人間にとって,倫理的でありたいという欲求は,食欲など基本的な欲求とくらべて高度なものです。集団に帰属したいという欲求などと比べるといずれが優先するものかわかりませんが。でも,普通,人間が食欲など基本的な欲求に全く負けずに,倫理的であり続けるには,トレーニングが必要なのです。ジャンは司教と出会い,過酷な人生を歩み,ついにはそれができるようになったのです。ジャンは誰からも愛される存在になったに違いありません。
レ・ミゼラブル(悲惨な人たち)の中では,ジャンこそが希望なのです。ジャンのようになって,一生を過ごせたら素晴らしいことです。文豪ヴィクトル・ユゴーは,このようなことが際立つストーリーに仕上げたのです。だからこそ,映画「レ・ミゼラブル」は多くの人に愛されるのです。



ジャンが倫理的に優れている特別な人になったのは,司教と出会い,衝撃を受けたからです。また,ジャベール(ラッセル・クロウ)はジャンの行為によって,自分自身の拠り所となる信念を打ち砕かれています。



一連のストーリーに触れて,最終的に,映画の観客は,だれしもジャンの普遍的な愛を強く印象づけられていたことと思います。これこそ文豪ヴィクトル・ユゴーが狙っていたことなのでしょう。



思えば,文豪ヴィクトル・ユゴーは,1862年に執筆したこの作品の中で,司教とジャンを引き合わせ,ジャンを倫理的にあたかもスーパーマンのように鍛え上げ,またジャンにジャベールの信念を打ち砕かせたわけです。そこには19世紀という過酷な時代のフランスを生き抜いた文豪ヴィクトル・ユゴー自身の倫理観が反映されています。



そして現代21世紀では,レ・ミゼラブルがミュージカル調の映画となって上映され,日本だけでなく世界各国で大ヒットしているのです。



文豪ヴィクトル・ユゴーの倫理観は,時を超え,国境を超えて広がっていったといえるでしょう。



ーつづくー

投稿者 アスター法律事務所