所長ブログ

2013年4月12日 金曜日

以前見た映画レ・ミゼラブル④

有楽町で法律事務所をしている弁護士の佐々木です。今回も法律相談とは無関係なのですが,プライベートでの出来事について述べていきます。今回は映画レ・ミゼラブルについての続きです。



司教が及ぼした影響は,ジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)を通じて,多くの場所,場面で,多くの人に影響を与えます。

司教の行為は,普遍的価値であり,徹底したものです。大切にしていたであろう銀の食器を盗まれたことを許しただけでなく,さらに,その上,銀の燭台を2本与えてしまうのです。

司教は,このような行為をして,後にジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)が市長になって世にでて活躍するだろうとか考えていたわけではなく,打算とか計算とかではなく,ただ,その時,信仰に基づいて,あるいは広い意味で信念に基づいて行ったのです。

このようなことは,ある種の理想形であって,これができる人は少ないです。だから物語や映画で重要な意義が与えられるのです。

だれしも,犯罪の被害にあったら,許せないと思うでしょう。それが普通です。法治国家の刑罰には復讐の意味合いが込められているのは疑いようのないことです。

そして刑罰の抑止力が働くことが,法益保護の理念に適うということは,法の理念というだけでなく,実質的な機能として作用している事実から明らかです。

だれしも,自分の大事な財産が盗まれた時,許せないと思うでしょう。だれしも,自分の家が放火されて焼かれたとしたら,許せないと思うでしょう。だれしも,自分の家族が殺されたら,許せないとおもうでしょう。

そして法の裁きを受けさせようとするでしょう。

それを,この物語の司教であったならば,おそらく許すことになると思われます。それだけでなく,さらに加害者のためにすみかを与えたやるとか,娘を結婚させてやるとか,なにか貢献しようとすることになると思われます。打算のない徹底した行為をとるはずなのです。

だからこそ物語では重要な意義があるのです。物語の文脈では,法の裁きに対して普遍的価値を実現すべく,人がもがき苦しみ,抗うことが対比としてしばしば描かれています。人倫というか,普遍的な愛というか,情というか,いろいろ言い方はありますが。よく法は情にまさるという言葉がこのような場面で言われますが,この映画では,まさにそのような問題点がかなりの重要度をもって描かれています。



もっともフランス革命や王政復古のあった時代の背景としては,カトリック教会は無条件で称賛されていたのではなく,だんだん縮小していったともいえます。



司教がジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)に与えた影響があってか,その後ビジネスで成功し工場を経営しながら市長に上り詰めていました。



ーつづくー

投稿者 アスター法律事務所