所長ブログ

2013年4月10日 水曜日

以前見た映画レ・ミゼラブル②

有楽町で法律事務所をしている弁護士の佐々木です。今回も法律相談と無関係なのですが,プライベートでの出来事について述べていきます。


数ヶ月前プライベートで時間があったので,映画をみようということになり,家族と映画館へレ・ミゼラブルを見に行くことにしました。



映画の冒頭のシーンは,嵐の中,大型船をドックに引きこむため,たくさんの受刑者が綱を引くシーンです。その映像は映画館の大型スクリーンに映しだされて,雄大なもので,音声も迫力がありました。これだけでも映画館に見に来てよかったと思います。

ドックで綱を引く受刑者のなかにジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)が含まれています。

ジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)はパンを盗んだ罪で19年間服役したあと,仮出獄します。
ジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)は,ジャベール(ラッセル・クロウ)という刑務官と刑事の中間のような者(映画では警部となっています)に,仮出獄の意味を問われます。自由であり希望だと答えますが,束縛が続くのだと否定されます。

文豪ビクトル・ユゴーの原作の着想か,映画用のリメイクか,非常に明白に対立構造が打ち立てられます。

ジャベール(ラッセル・クロウ)は「法が全て」という信念を持つ人で,これに対しジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)は後に信仰を厚くし,人の自由と希望を求めてもがくことになります。

単に権力と市民の自由という対比の軸だけでなく,信仰という普遍的なものがひとつの軸となり,物語に大きな駆動力を与えます。

これを当時(19世紀)のフランスの社会情勢のもと,どのように描いていくのかは,まさに文豪ヴィクトル・ユゴーの腕の見せ所です。

レ・ミゼラブルの原作は1862年に発表されました。

1789年7月14日,国民に人気のあった財務長官が罷免されたことをきっかけに民衆がバスティーユ牢獄を襲撃してフランス革命が勃発し,第三身分(平民)による国民議会が発足し,同じ年,人権宣言を採択しました。

人権宣言は,法の下の平等,国民主権,権力分立,所有権の不可侵だけでなく,圧政への抵抗の権利が盛り込まれています。これらは,ロックの社会契約説や抵抗権といった思想,ルソーの人民主権や社会契約説といった思想,モンテスキューの権力分立の思想をベースにしています。

文豪ヴィクトル・ユゴーは「93年」という小説を1874年に発表しており,これはフランス革命後の恐怖政治がテーマになっています。

やがて1791年憲法が制定され,立憲君主制に移行しはじめます。1792年にはフランス革命戦争が勃発し,1793年には国王ルイ16世が処刑されます。そのころからジャコバン独裁が起こり,1793年の人権宣言が採択され,1793年憲法が制定されました。1794年にはテルミドールの反動が起こり,1795年には,1975年憲法が制定され,1795年の人権宣言が採択されました。1799年にはブリュメール18日のクーデターが起こります。そして統領政府が成立しナポレオン・ボナパルトが第一統領となります(1804年皇帝に即位・第一帝政)。

その後皇帝ナポレオンの治世がしばらく続きます。そのころヨーロッパを巻き込む数多くの戦争が起こり,1814年ナポレオンはエルバ島に追放されます。
ナポレオンの失脚により1815年ルイ18世が王位に就く王政復古がなされました。
その後王政復古に対する民衆の不満が募る中,ナポレオンは1815年エルバ島を脱出し皇帝に復位しますが,ワーテルローの戦いに敗れ,セントヘレナ島で亡くなるまで幽閉されました。

1815年ルイ18世が王位に就く王政復古がなると,フランス革命に対する反動的政治が行われました。ルイ18世を引き継いだシャルル10世により1830年アルジェリア侵攻がなされたが,これは国民の不満の目をそらすためのもので,また7月勅令で選挙権の縮小を図るなどの政策が行われました。これに対し,学生や労働者を中心にしたパリの民衆は,チュイルリー宮殿を占領し,ルーブル宮殿を襲撃するにいたり,シャルル10世は退位しルイ・フィリップが王となり立憲君主制に移行しました(フランス7月革命・7月王政)。

その後1848年二月革命が起こりオルレアン朝が倒れ,新たに第二共和政が樹立されました。六月蜂起は失敗に終わり,そしてルイ・ナポレオン・ボナパルトが大統領に選出され,その後第二帝政を樹立しました。

「レ・ミゼラブル」はまさにフランス革命とその後の反動政治のあった当時のフランスを舞台にしていると思われます。

文豪ヴィクトル・ユゴーはまさにこのような時代の流れの渦中にいたのであり,レ・ミゼラブルは1815年から1832年の出来事として語られています。

そしてレ・ミゼラブルには,1832年6月5日の6月暴動が描かれています。

1815年から1830年までは王政復古の時代であり,シャルル10世の退位までは民衆は自由を取り戻せなかったといえるでしょう。



もっとも,社会的背景としては,フランス革命当初はカトリック教会は弾圧されていました。



ーつづくー

投稿者 アスター法律事務所